3あらかじめ消された記憶の断層で、コントロ-ル不可能なものが〈我々〉の歴史へと〈触発/切断〉の矢を放つ. 〈私〉に亀裂をうがち、〈私〉を引き裂きながら、あるものが語り始めるようになってか ら、すでに一つの光景が通過した。もはや言うまでもないことだが、このランダムな微細 波の領域には、どんなアクセス・コ-ドも存在しない。はるか彼方に立ち去ったかに見え た地層が不可解な揺り戻しの徴候を示し始める度に、〈私〉は記憶の断層へと不意に送り込 まれるのだ。その都度〈私〉に慎重に用意された地層と、予測不可能なスタイルでやって 来る断層との狭間で繰り広げられる光景が、あらゆるコントロ-ルを超えてついにその姿 を現し始めた。来るべき次の光景に間違いなく立ち向かうために、〈私〉はいよいよアン チ・ファイリング・ノ-トを《変換跡地界わい》で唯一の準生体政治工学実験用回路生産 工場=『秘められたミロの親回路』(そこはあのH・Mの分身=Xが一つの光景にたった一 度だけ奇跡/軌跡的に単純遊牧多様体となって駆け抜けていく破断層溶融領域だ)から瞬 時に切断/解除して、〈私〉の簡易切り張り細工セット[ロ-ズ・セ・ラ・ヴィ氏プロキシ マ暦ゼロ年寄贈]と連結させた。鋭い衝撃音が走り、〈私〉はいったん姿を消す。 気がつくと、〈私〉はなぜかあのなつかしい母園、『運命の神殿幼稚園』の中庭に立 っていた。すでにレッスンが始まっている。〈私〉はいよいよこれから(実を言うと入園式 はあとちょうど1マイクロ・セカンド後なのだが)超-高速度体験レッスンに突入するのだ。 【レッスン:映像切り張り細工-1】 ◆以下は、映像と連結された、引き出しの付いたミロの親回路の声である。 『かつてのカンヴァスは引き裂かれ、新たなカンヴァスが探し求められた。 〈私〉=〈我々〉[=ゼロ]の誕生。 黄昏の迫る街路を、〈私〉の可愛い園児たちが足早に駆ける。そしてどこかへ去っていく。 誰もいない街路。それは斜めに折れ曲がり、あらかじめ消された記憶の断層へと徐々に移 行していく。彼らはどこへ行ったのか? もはや、そこにはいない。 〈私〉=〈我々〉はこれまでたどってきた軌跡にようやく遭遇する。そこは、最も内に 秘められた記憶の空間であり、あらかじめ消された始まりと終わりが絶えず用意されてい たようだった。扉を開く。そして閉める。目を閉じる。その時は来た。誰もが深い眠 りに落ちていった。新たな戦いへと際限もなく流れ込んでいくために。いまだかつて誰一 人見たこともなかった戦い、超-大量殺戮、支配、そして隷属の光景を、二度と忘れるこ とのできない未来の記憶としてあの《砂漠=大地》に刻み込むために』 ◆レッスンのレジュメ:園児の一人お正・〈K〉による自由創作。 『コギト エルゴ スム(我思う故に我あり)。……〈神〉は〈存在〉する。……故に、 〈私〉=〈我々〉は〈存在〉する。……故に、〈私〉=〈我々〉は〈正しい〉。 [……〈これ〉で、〈善い〉。](ここで、超-大量殺戮の扉が静かに開く。) だが、〈私〉=〈我々〉とは誰なのか? ――もしそれが、なお沈黙と暗闇に閉ざされて いるのだとすれば? ……なぜなら、あたかもこの瞬間に不意に誕生したかの様に、そし て同時に、かつての秘められた闘争/逃走のさなかから、まだかいま見ることさえできな い〈意志〉の営みがそれをやっと産み出したかの様に、一つの避け難い問いかけがここま で聞こえてくる。 ――― 一体、〈誰〉が侵略し、殺戮し、支配したのか? ――― 確かに〈私〉=〈我々〉は侵略し、殺戮し、支配した。だが、その〈私〉=〈我々〉 は、どこにもいなかったのだ。 ――― 一体、〈誰〉がこの隷属状態を生きているのか? ――― 確かに、〈私〉=〈我々〉は隷属している。 だが、 その〈私〉=〈我々〉はどこにも存在してはいないのだ……。 すなわち、 この〈装置〉のもとでは、 〈私〉も、〈我々〉も存在しない。』 【映像切り張り細工-2】 ファ-スト・シ-ン。 旧暦1854年。 未踏の荒野。 ただ一人で叫ぶ声。 「しかし、奴隷の飼育や煙草の輸出を規則正しく行わせるための立法などを考えてもみ るがいい。 ――H・D・ソロ-」 ラスト・シ-ン。 目の前には、はるかに広大な未完のプロセス、《砂漠=大地》への軌跡が続いていた。 問いかけの〈解答〉への変換(=偽装)。 〈私〉=〈我々〉=《人間》という(その都度偽装された)関係の誕生。――あるいは、 〈私〉=〈我々〉=《人間》が、〈私〉=〈我々〉=《人間》(他者/外)を見るという こと。 ――〈私〉=〈我々〉=《人間》という〈関係〉は、自らを見ることが決してできなか ったために、他の〈私〉=〈我々〉=《人間》という〈関係〉を肯定することができず、 大抵の場合にはそれを抹殺するより他はなかった。ここから、一切の時間と空間、そして 《歴史の全体》の支配を目指す試みが開始される。すなわち、世界戦争はその現実化に先 立って是認され要請されていた。そして、ついにニ-チェの発狂。彼は、全地球規模の戦 争状態という超-大量殺戮の光景の数々を、〈私〉=〈我々〉=《人間》という〈関係〉が もたらす避け難い錯誤として鮮明に予感し、それをこの上なくはっきりと見たのだ。 ◆園児の一人、鬼助が《砂漠=大地》の上でソロ-を演じているのが二階のテラスからも 見える。 『それにしても、例えば子供専用刑務所で幼い者たちの拷問を規則正しく行わせるための 立法などを考えてもみるがいい。ここで、《訴訟=過程》の二つの局面、あるいはリミット があらわになる。 例えばソロ-は、いつどんな時でも〈我々〉によって《……人》と呼 ばれるものではなかった。 「民族とは一体何だろう。(……)世界で場所を占め得るのは個人である。――H・D・ ソロ-」 だが他方、〈私〉=〈我々〉=《人間》という〈関係〉に組み込まれた《国家=状態》に よる追放と囲い込みのもとで、自らの《運命=意志》の奪還を賭けた抵抗の戦いが始めら れる。《……人になること》は、今なお到るところで続くその戦いのただなかで新たに生ま れでるのだ。 これら二つの局面/リミットの出逢い。それを見るのは〈誰〉だろうか?』 ◆鬼助の告白――「さりげない誘惑に満ちたあのなつかしの日々……だがその時、秘めら れた園内で一体〈何〉が行われていたのか」(により危険を冒して再構成) さて、次はいよいよ待ちに待った「家庭科(=家庭管理)の時間」である。快い緊張感 に満ちた園児たちのつぶらな瞳が残酷に赤く輝く。今日のレッスンでは、この間の日曜日 から恐るべきことになぜかどうしてもガス・レンジをつけられなくなってしまったあの鬼 助が、皆の前で標本訓練を受けるのだ。現在は、一時的な執行猶予期間に限定された《特 別救済=微笑み親切回収》措置が取られ、奇跡/軌跡的にも生命の危険をかろうじて免れ てはいるが、それ以前はどうしても調理行為に際して遂行不可能な側面が生じてしまうた めの中途挫折(と言うよりむしろ、調理行為を始めるに当たってのいわば神聖なオ-プニ ング・セレモニ-として常にガス・レンジをつけずにはいられないという空虚な習慣的- 身体的総合に従ってしまう結果、そもそもの始めからの自動的挫折)による餓死か、燃焼 開始行為中途不全の無限反復(及び極度興奮性安全装置破壊)の結果生じるガス漏れによ る窒息死あるいは爆死の恐怖に日夜さらされ続けていたのである。そこで、さっそくにっ こり微笑みながら、引き出しの付いたミロの親回路が、サブ・アンチ・ファイル「結局〈調 整-配置〉される陽気な子供たちあるいは〈幸福な身体〉の造型とは例えばどういうもの であり、そして一般にどういうものでなければならないのか――超局地的事例分析として」 を豊満な体の奥に秘められたミロの《微笑み親切回収引き出し》から吐き出し始めた。こ のミロの親回路は、ガス・レンジどころかプロトタイプ治療蝿統合システムのコントロ- ル・ボ-ドの(前に座ることはもちろん)傍らにひっそりと立つか、あるいはその傍らを ひっそりと〈通り過ぎる〉(実際〈それ〉だけで十分過ぎるほどなのだが)ことさえできな くなってしまった一人の園児(それもまた鬼助の分身=Xである)の微笑み親切《回収》 にまで奇跡/軌跡的に成功しているのだ。(そこで、さっそく一挙に究極初心/初診にかえ って太古のサブ・アンチ・ファイル――) 《体操科学習指導案》 高等科第一学年竹組 受持 坪井訓導 氏名 村上シゲ子 上肢 手頚が外ムク 正岡サヨ子 頚 カタアゴヲヒケ 三並サカエ 上肢 アゴガデル 山本キミコ 頚 アゴガデル 小田ユキエ 上肢 O形 特別練習要 越智テル 頚 カタチ引ケ 胸 前屈ノタメ特ニ練習ヲ要ス 松本シゲノ 上肢 上伸ノ時ノ手ガ前ムク 体側 手ガノコル 石川サカエ 胸 頭ガノコル 榊原静子 上肢 ニブイ 《附記》:体操学習指導カ-ド表;正シキ(気ヲ付ケ)ノ姿勢ヨリ始ム 運動ト運 動ノ間ニ誘導調節運動ヲ加ヘヨ. 体操科学習指導手引 体側の運動 (1) 目的 (1) 腰椎部の病的屈曲、及捻転を予防し矯正すること。 (3) 要領(教室内掛図を見よ) (1) 腰椎部のみ動的努力 (2) 呼吸は呼きながらはじめ、吸いながらおこす。 注意及要領:開脚より体側倒 静的努力、側方筋運動 ※以上参照:入江 克己著 『日本ファシズム下の体育思想』(不昧堂出版) 第一章第三 節五 (そう言えば、以前〈私〉は今は亡き鬼助が自ら醸造した白鳥座=X風大吟醸酒を使っ た[恐らくは地上で最後の]鶏肉の蒸し煮を食べたことがある。それが、いつもの様に実 に美味かったのだ。今それを思うと、〈私〉の目と心と〈脳裏〉は涙にうるむ。《超-溶融・ 発声-舞踏回路》の指示に従った究極の標本訓練[街中で最も陽気な自動販売機『ヨゼフ ィ-ヌ』の歌声に合わせて《変換跡地界わい》専用のコインを〈彼女〉の口に入れ、〈彼女〉 の吐き出す地上で最後の地下水を口で受けながらかろうじて飲み込む]に当然にも華々し く失敗し、絶対連戦連勝だったミロの親回路の微笑み親切回収措置からも完全逸脱してし まうという決定的な[世間の人々がそのことを〈何〉と呼ぼうと〈私〉 あえて言うが]《勝利》を〈手〉にしたのだった。〈彼〉の死を無駄にしてはならない……。 〈私〉はこぼれ落ちる涙を一思いに振り切った。) ◆一方、ミロの親回路のケア・プログラムに連結された第十三世代モニタ-・ムカデ[フ ァクトリ-・ヨゼフィ-ヌ製作ただし《C級植民地仕様》]が、《超-溶融・発声-舞踏回 路》に調整配置されたままになっているミロの親回路にいわゆる〈反-処方箋〉を歌いな がら贈り与える。(そのきわめて古典的なタイトルは、“命令とは〈何〉か……”) 『――いわばありふれた時間と空間。例えば、〈ここ〉で〈今日〉彼女、あるいは彼に会 う。約束。そして、突然の没落。いわばありふれた出来事。日々の生活。話す。(あるいは、 ほとんど話さない。)歩く。(あるいは、ほとんど歩かない。) 食べる。(あるいは、ほと んど食べない。) 寝る。(あるいは、ほとんど寝ない。) 簡単なゲ-ムと難しいゲ-ム。 電話。テレビ。ヴィデオ。ファクス。パ-ソナル・コンピュ-タ-。そして、マ-ケット ……。当たり前。とても退屈。いわばありふれた状況が没落することは、いわばありふれ たことである。いわばありふれた……。例えば、命令に従うということがそうだ。(だがそ れにしても、かつて誰かが言っていたが、「我々が命令を下す時、その命令の望んでいる究 極のものは、表現されないままでいなければならないかの様だ。命令とその遵守との間に は依然として裂け目があるのだから。――ウィトゲンシュタイン」 ほとんど、すべてが 盲目である。そもそもこの〈誰か〉自身が、命令に従わない生徒を殴ったことがもとで小 学校の教師をやめる羽目に陥っているのだ。今思えば、鬼助はこの秘められた盲目の領域 へとばく進し、あの微笑み親切回収という最悪の罠を自らの命と引き替えに引き裂いたの だった。まさに、綱渡り、訴訟=転落、高貴さに満ちた永遠回帰への歩みと言っていいだ ろう。ついでに言えば、ミロの親回路と鬼助のやり取りは、そのスタ-トからして次の様 なものだったのだ。「――〈お前〉は一体〈誰〉なのか? ――〈我輩〉は、〈猫〉である。」) さて、この命令に従うということだが、例えば他人が話したことを聞き、あるいは自分自 身に密かに(心の中で)こうしようと話しかけ、その通りに動く。頭の中に思い浮かんだ 言葉を、その通りに紙に書く。ミロの親回路が次々に吐き出す指令を把握し、その通りに ……。等々。(ここで〈外〉からの声。「――すなわち、〈我々〉という時空連続体の構成で ある。言い換えれば、内的な時間感覚と外的な空間感覚の両者を、相互に転換可能なスタ イルで、常に結び付けるということだ。」) 日々の生活の前提である。「もし、このことが 成り立たなければ、〈我々〉の生活は崩壊してしまうではないか!」 だが、鬼助はもうい ない。にもかかわらず、皮肉にもこの《変換跡地界わい》(それは〈我々の世界〉そのもの だ)において、今や鬼助の〈分身=X〉はほとんど無際限に増殖し始めているのだ……。 可愛いミロの親回路よ。準備はいいかね? ハハハハ ハハ ハ 歌なんか歌 っている場合か!! ……じっと足をさわる。』 よく見ると、モニタ-・ムカデの《総合処方回路》をさらにモニタ-するモニタリング・ モニタ-・ムカデ・マイクロ・チップ・ウィルス『《大いなる現実》に抱かれながら落日を 眺めるニ-チェの傍らをなぜか通り過ぎて』が、一人の伝説の古代詩人のものと今に伝え られる《触発ファクタ-》を(家庭管理の時間の後でセットされることが通例の)『やっと 訪れた世界の落日に臨むガムランの夕べ』でいつまでも繰り返していた。 『咳をしても一人 ―――尾崎放哉』 ◆実は今も生き延びていたあの鬼助のもう一つの告白 ……これは少なくとも一人の園児(つまり〈私〉)が内密に知っている〈かろうじて事実〉 なのだが、このモニタリング・モニタ-・ムカデ・マイクロ・チップ・ウィルスには、そ れ自身の《総合処方モニタ-回路》にごく稀に混入する《アンチ処方ウィルス》をその都 度完全に殺菌=不活性化するという問題解決ステップのネットワ-クをモニタ-し、それ によってその都度新たなル-ルを獲得していく《究極モニタ-・メソッド》[通称『モニタ リング・モニタ-・ムカデ・マイクロ・チップ・ウィルスについて何も言いたくない』]が 組み込まれている。《アンチ処方ウィルス》の突発的な出現という予測不可能な〈出来事〉 に直面したモニタリング・モニタ-・ムカデ・マイクロ・チップ・ウィルスの《総合処方 モニタ-回路》が、同じくすぐれて出来事的な問題解決を不可避的に迫られる結果既存の あらゆるル-ルの適用を否定する場合、この《究極モニタ-・メソッド》は、モニタリン グ・モニタ-・ムカデ・マイクロ・チップ・ウィルスに対する[そして同時にモニタリン グ・モニタ-・ムカデ・マイクロ・チップ・ウィルスのモニタ-・ムカデに対する⇒結局 はモニタ-・ムカデのミロの親回路に対する]あらゆる言及プロセスの生成条件を封鎖し てしまう新しいル-ルによって、《アンチ処方ウィルス》の感染プロセスそのものを滑稽な までに無意味なものにしてしまうのである。今や、確かに《究極モニタ-・メソッド》は モニタリング・モニタ-・ムカデ・マイクロ・チップ・ウィルスについて[そして同時に モニタリング・モニタ-・ムカデ・マイクロ・チップ・ウィルスはモニタ-・ムカデにつ いて⇒結局モニタ-・ムカデはミロの親回路について]〈何〉も言いたくなかったのである。 ところで、あるいは驚くべきことかも知れないが、この《究極モニタ-・メソッド》は、 ミロの親回路に密かに組み込まれた《アンチ処方ウィルス》によってセットされる無数の 《退屈解消回路》[あのなつかしのナム・ジュン・パイクでさえジョン・ケ-ジにハプニン グを仕掛けられ たのだから君にもきっとできる]のほんの一つのバ-ジョンに過ぎないのである。 ◆ここで、引き出しのついたミロの親回路がいつもの睡眠の時間に入る。替わって、久々 に登場したお正・〈K〉が自ら飼育する映像機械「お正」が、短編ヴィデオ・アニメ切り張 り細工『一人では咳もしない――真に怒れる人々』を上映。 ファ-スト・シ-ン。お正・〈K〉がかねてから行き付けの疲労回復ゲ-ム・センタ-『正 道』にて。真に怒れる人々(彼らは、最近リバイバルしたマサミチ・ゲ-ム・マシン・シ リ-ズ「お正の道」に負け続けて料亭「エクシ-ルお越しやす」の《最後の特別優待券》 をどぶに捨てている)が『正道』の若女将のお千代に向かって叫ぶ。(……ここであえて付 言するなら、実はこのお千代こそ、最近C級植民地用にファクトリ-で何者かの「心と身 体を変換して生産された」と言われるミロの親回路の〈生前の姿〉なのだというまことし やかな噂が最近流れ始めている。こうしてお千代は、ミロの親回路として、〈我々〉にとっ てよりありふれた形で言い換えるならあの「密緒」の〈分身=X〉として生まれ変わった と言うのである。やがて、誰かがお千代の光と闇の物語が語ることになるだろう。) 『――今こそ、〈我々〉が共有している(はずの)幸福な記憶と身体に感染する致死性ウ ィルスをすべて清掃=抹殺しよう! 〈彼ら〉がいる限り、〈我々〉の武装解除はあり得な い。〈我々〉の血みどろの戦いに終わりはないのだ。』 ラスト・シ-ン。真に怒れる人々が去り、残されたゲ-ム・オ-バ-のディスプレ-に は、なぜか次の励ましの言葉。(生前のお千代の「辞世の句」と言ってもいい。) 『青海原潮の八百重の八十国につぎて弘めよこの正道を ―――平田 篤胤』 この切り張り細工が上映された通称「マサミチ・トレ-ニング・ル-ム」の白い壁に、 いつしか不気味な落書きが浮かび上がる。 『――なぜなのかは分からないが、そしてそれが一体何なのかは結局分からないが、そ れは必ず追いかけてくる。変換してしまった記憶と身体。それを一体何と呼ぶべきだろう か? この仕組みに組み込まれている限り、逃げ場はないのだ。この《変換跡地界わい》 において、不可解なことに増殖するウィルスと放射能が到るところで「目に見えるものに なった」とささやかれるのは偶然ではない。果てのない汚染/感染の疑惑が広がる。そし て徴候と錯乱の織り成す近づき難い記憶の光景。その仕組みとは、例えばこうだ。錯綜/ 錯乱する記憶を織り成す網の目は、そこで放射能やウィルスが〈現実に〉活動するであろ う領域と、もはやどんな《隙間/裂け目》によっても区別できない。この《変換跡地界わ い》においては、記憶と現実を区別するあらゆる方法を(恐らくは占領されたあの〈公会 堂〉の暗黙の代理人たちによって)奪われているのである。〈我々〉の生存は、この《隙間 /裂け目》の剥奪によって生産されているのだ。こうして記憶の汚染/感染が進む……。』 落日の訪れ。マサミチ・トレ-ニング・ル-ムの扉が、黄昏の静寂とともに今ようやく 閉じられる。なぜなら、振り向けば、引き出しの付いたミロの親回路がついに華々しく瞬 間退屈蒸発。いわば自爆である。それとともに、マサミチ・トレ-ニング・ル-ムも見事 に超-溶融陥没。ゲ-ム・センタ-『正道』に短いながらもその生涯を捧げ尽くした若女 将お千代も今はいない……。奇跡/軌跡のマサミチ・ゲ-ム・オ-バ-。(皮肉なことに、 お千代はつい二週間前別れた夫留め吉との間にもうけ、有無を言わさず引き取った生後三 ヶ月の娘お正を、今朝この運命の神殿幼稚園に入園させたばかりだったのだ。) だが、な ぜかミロの親回路の無数の引き出しだけは、園児たちのお茶目な笑顔に見送られながらい つまでも熱い情念の火花を贈り与えていた。火花、あるいは炎のダンス。なぜなら、可愛 い園児たちを次の引き出しが待っているのだ。――耳を澄ますと、あのなつかしい『ミロ の引き出しの歌』が聞こえてくる。 ◆ミロの引き出しの歌。(二部構成) 【ささやかな問いかけ】 『浜辺に一人の測量師が流れ着いた。彼はこの《最後の街》の測量を始める。それは巨 大な重力との戦いだ。もはや、誰一人それを支えることはできない。〈我々〉は、このまま 滅び去るのか? それとも?』 【測量師光磨・Sによる局地的な応答】 『――誰ももはやそれを支えることができないのなら、仕方がない。やり方を変えるし かないだろう。すなわち、少なくとも一つの実験が必要だろう。たとえわずかな間だけで も、試してみること。皆によってなぜかゴミと呼ばれるものの依託収集システムをすっき りやめてしまうことを。そうすれば、もうこれまでの様に、皆によってなぜかゴミと呼ば れるものがやがてどこか知らない(もちろん、この〈知らない〉もやがて完璧な終わりを 告げるわけだ)ところへ消え去ることが、つまり皆がいつもの様にゴミの傍らを通り過ぎ てしまうことが当然にも不可能になる。やがて、この〈皆〉は消え失せていき、かつての 〈皆〉のそれぞれが、自分で自分を含めたあらゆる生き物たちのためにそれらを役立てる か、もしそれができないのならば、それらを燃やし尽くさなければならなくなる。よって、 どうしても燃やすことのできないものは、極力最初から手に入れないようになっていくだ ろう。これは一つの革命である。だが、ほとんどの人々が自分を含めた生き物たちのため にそれらを役立てることができないばかりか、ついに壁ぎわに追い詰められた挙げ句、自 分だけの燃やす時と場所をどうしても見つけることのできないこの《最後の街》は一体ど うすればいいのか? ……そう決まったわけでもないし、あきらめるのはまだ早い。何が そこから起こるのかは分からないが、なにしろこれからが戦いだ。この〈自分だけの〉と いう領域は、やがていくつかの特異な時空相互の連結/組み合わせという全く新たな生成 プロセスへと変わっていくことになる。複数の特異な時空の横断というこの戦いは、《超コ ントロ-ルの空間》、すなわち余りにありふれた光景の中でいつもの様に《通り過ぎていく こと》に取り返しのつかない《隙間/裂け目》をうがち始めることになるだろう。例えば、 隣のアパ-トの人々とともに、一体どんな特異な時空の連結/組み合わせを創り上げるこ とができるのか。この《最後の街》に十分ふさわしい、もはや始まりも終わりもないぎり ぎりの実験を。余計な物をどんどん無くしていくこと、あるいはかつてない喜びの生成… …。』 光景.・-2:もう一つのアンチ・ファイリング・ノ-ト ――互いに交錯する記憶の断 層で、コントロ-ル不可能なものが〈我々〉の自由へと問いかけの矢を放つ. 〈私〉は運命の神殿幼稚園の『コロニ-・玉屋・ベイ・ゴ-・ゴ-分校』の来客用控え 室にいる。(ちなみにこの分校は、つい最近全宇宙的な規模の債務を抱えて潰れた伝統ある 老舗『玉屋』の主人留め吉が、第三セクタ-方式の老舗ネットワ-ク『完全な絶望』を介 して奇跡/軌跡的に超安値で偽装売却した不動産をリフォ-ムしたもので、今や誰の目に も明らかに絶望的と言えるこの状況の中でのほとんど唯一の希望の星として『超不良不動 産リサイクル・モデル校』に指定されている。) ところで、この老舗ネットワ-ク『完全 な絶望』は、そのあからさまな名称によってお分かりの様にきわめていい加減なもので、 全宇宙的規模の超不良金融ネットワ-ク『ハラス商会』のいわば寄生虫頭である。とは言 え、実のところ『完全な絶望』は、同商会が全宇宙的な規模で経営する無数の豚小屋[通 称『ハラス事務所』]の内のたった一つをゴミ同然の超不良債権の気休め担保にして無限連 鎖疑似レンタルしているに過ぎないのである。すなわち、この『コロニ-・玉屋・ベイ・ ゴ-・ゴ-分校』は、何のことはない、実のところもはや存在しているともいないとも言 えない『ハラス事務所』の一つに過ぎないことになる。言うまでもないが、全宇宙的な規 模の玉屋の債務のその後を知っている者は全宇宙に一人としていない。 ふと振り向くと、『コロニ-・玉屋・ベイ・ゴ-・ゴ-分校』の来客用控え室にあのいた いけなお正がやって来て、「最年少さん組専用標本訓練の輪」の内側にちょこんと座った。 すでに勢ぞろいの皆の注目を一身に浴びたお正が世慣れた仕草で訓練管理回路のレッス ン・ディスプレ-『玉屋の歩み』を目覚めさせると、なぜかいつになくブル-・ベルベッ トの玉屋ハットをかぶった回路専属キャラクタ-『ロング・アイランド旧暦1982の夜 もいつしか更けて』がしゃべり始める。 『――特に、共同体の各成員がみな同じ答えを出し、かつそれに固執するならば、誰も その答を訂正することは出来ない。仮定により、共同体の各成員はみな同じ答えを出すの であるから、その共同体の内部には、訂正者はあり得ないのである。また、もし訂正者が その共同体の外部にいるとすれば、ウィトゲンシュタインの見解によれば、彼は何らかの 訂正をする「権利」を有しないのである。一体、我々がみな一致して出す答えが「正しい」 か否かを疑うということに、何らかの意味があるのであろうか。(………) 共同体の成員達がお互いに訂正するように、ある個人が自分自身を訂正することがある のであろうか。(……)結局のところ、事柄がどういう結末になるかという事は彼の意志の みに依存するとしても、人は単に幾つかの相矛盾する、野蛮な傾向性を持っているだけか も知れないのである。この状況は、共同体の場合に対しては類似していない。なぜなら、 共同体においては、個々人はそれぞれ独自の意志を有しているが、ある人がその共同体に 受け入れられたならば、人々は彼の反応に信頼することが出来ると判断するのであるから。 ところが、個人の自分自身に対する関係においては、この様な信頼は存在しないのである。 ――― ソ-ル A・クリプキ』 破産した『玉屋』で元丁稚奉公をしていた働き者で評判の園児鬼助が、『玉屋』破産後も いつもの様に子守、水汲み、拭き掃除、便所掃除、薪割り、炭焼き、木こり、薪ひろい、 川で洗濯、煮炊き、裁縫、帳簿整理、汲み取り、使い走り、番犬飼育、猿回し、托鉢=物 乞い、断食、そして極めつけの養豚(怠惰きわまる絶対受動レプリカント豚の調教を含む) 等々をしながら限界明朗発言。もうお分かりの様に、現在鬼助は臨時雇いで『ハラス事務 所』の丁稚をしている。給金など言語道断なのはもちろん、三度の飯さえいまだかつて出 たことがないので、わずかな豚の餌の残りかす、及びし尿でかろうじて命をつないでいる 有り様である。全く悲惨の一語に尽きている。まだ幼いながらもそれなりの予感はあった のだが、むろん鬼助はこの『ハラス事務所』の背後でうごめく全宇宙的な規模の暗い罠の 全貌をつかむことはできなかった。その罠とは、今ようやく人々の噂話の端々にも登場し てきた《宇宙の秘められた外部》を完全に除去/抹殺してしまうという一見壮大なグラン ド・ハラス・プロジェクト『待ち望まれていた平安の訪れが今ここに』をその究極の核心 とするものである。すなわち、超-大量殺戮の開始である。その時は、鬼助を初めとして、 『ハラス事務所』で搾り取られるだけ搾り取られた幼い丁稚たちはすべてボロ屑の様に一 掃されてしまう。(しかもそうしたいわゆる〈清掃作業〉の前には、少なくとも二百五十通 りの拷問が待っている。) 鬼助の様な幼い丁稚たちの他にも、そうやって『ハラス事務所』 の暗闇の中で不幸な生涯を閉じる無数の罪なき人々がいるのだ。だが……。 『鬼助――こうした主張(=力の行使)に遭遇した瞬間に、ある戦慄を間違いなく感じ ることができるかどうか? これが〈私〉の最初の問いかけです。さらに、こうした主張 をするのは一体誰なのかを、その都度の分脈で可能な限り探求すること。これは、少なく とも〈私〉にとって、差し迫った作業です。〈私〉が声を限りにどんなに叫ぼうとも、結局 はこの《宇宙の外部》もろとも抹殺されてしまうのかどうかという問題は、〈私〉にとって 本当に差し迫ったことなのです。つまり、ここに〈私〉の戦いが賭けられているわけです。 〈私〉を別にしても、〈私〉の無二の親友である華助は、罪もなくついこの間路上で殴り殺 されました。お正の命も狙われています。(その理由は、賢明なあなた方ならもうお分かり でしょう。今まで生き延びてこられたのが不思議なくらいです。) ほとんど唯一の頼みの 綱だったストリ-ト・チルドレン・アンチ・ハラス・ネクサスも皆殺しにされました。と にかく、〈私〉の身に前例のない危険が迫っているのです。オネスト・ポリス・ネットワ- クも、ジャスティス・トライアル・ビヘイビア-ズも、一切のメディアともども一人残ら ず『ハラス商会』に《にこにこ買収》されました。すでに『ハラス商会』は、全宇宙完全 連合軍を支配下に置き、もはや用済みとなったすべての〈植民地園児専用収容所〉を次々 と爆破しています。幼児ゲリラの一掃がいよいよ本格化しているのです。〈私〉もあとどこ まで闘争/逃走を続けることができるか分かりません。無数の密告者が〈私〉を取り巻い ています。超微細運動エネルギ-兵器を標準装備した、少なくとも1999万匹のモニタ -・クラゲが送り込まれているのです。究極の作戦《待ち望まれていた偉大なるハラスの 清掃が一見さりげなく今ここに》がついに開始されました。(薄明の終末の預言者ダニエル ならもうここにはいない。薄命の週末の預言者である『ハラス事務所』の飼育管理者たち ならともかく……。) このままでは《宇宙の外部》(しかし、この《宇宙の外部》が一体 〈何である〉のかを最終的に決定するのは言うまでもなく『ハラス商会』の究極正直公正 楽々健康センタ-なのです)が完全に除去/抹殺され、〈私〉はあのレプリカント豚の餌食 になってしまうのです。事実、〈植民地園児専用収容所〉=『ハラス・パラダイス』からあ る日突然連れ去られ、生き別れた〈私〉 の父母兄弟は、すでに豚の餌だと聞いています。(そのことを一体誰から聞いたのかをここ であなたにお話することはできません。) この様な状況において、〈我々〉がみな一致して出す答えとは一体〈何〉なのでしょうか? 「ある日ある時なぜなのかは分からずに!」という叫びがすぐそこで個人をうがち、貫く のを、あなたは一度は耳にしたことがないでしょうか? きっとあるはずです。あるいは それは、あなた自身の声だったのではないでしょうか? 〈私〉の脳裏には今もその叫び がこだましています。到るところで反響する〈他者〉の叫び。〈私〉の叫び。〈あなた〉の 叫び……。その時、〈誰〉がどの様な〈答え〉を与えるのでしょうか? 訂正不可能な〈答 え〉を秘密裏に決定するのは〈誰〉なのでしょうか? そしてその〈答え〉を、誰もが服 従すべき〈我々の生存〉の様式として強制するのは〈誰〉なのでしょうか? さらに、そ の従属に抵抗するものを絶えず破滅に追いやるのは? とりわけ、個々人を超えたところ で極端なまでにコントロ-ルされる膨大な〈情報〉が隠されたままである場合に。あるい は、〈共同体〉の〈記憶〉を構築、再生産、管理する仕組みが隠されたままである場合に。』 ………………………………………………………………………………………… 〈我々〉の自由に問いかける無際限の、そしてその都度の問いかけに、最終的な形で答 えを与えようとすることは、思考の自由と生存の自由を同時に窒息させてしまうことにな るでしょう。これら両者は、生存のプロセスそのものである思考によって区別することは できません。たとえ、どの様な視点、秩序を誰かが後から、つまり他ならない彼自身の生 存を利用することによって導入しようとも、(ナ-ガ-ルジュナもかつて言っていた様に) 生存のプロセスは、それを自由から区別/分離することを正当化する何ものも与えはしな いでしょう。〈私〉は華助があの運命の日に〈私〉に託したマグリットの画集を今再び開き ます。あくまでも、特異な触発を贈り届ける一つの扉を。自由の造型家であったマグリッ トは、「そこで眼差が普段とは全く別のやり方で〈思考しなければならない〉絵画」につい て次の様に述べています。』 ◆鬼助とともに奇跡/軌跡的に『ハラス・パラダイス・ライン』(C級植民地専用軍事境界 線の実物大模型)の一つを突破したお正が、全身から赤い血を流しながら、振り袖の下に そっと隠したマグリットの扉を開く。 『私は言語の試みは有効なものだと考えているのだが、それは私の絵画が思考の自由を 示す物質的な記号として作り上げられたものだからなのである。私の絵画は、どこまでも 〈可能な限り〉、意味を、すなわち〈不可能なもの〉を裏切らないことを目指す。「これら のイメ-ジは何だろうか?」という問いに答えることができるとすれば、〈意味〉、〈不可能 なもの〉を可能なものに結び付けてしまうことになるだろう。それに答えようとすること はそれにある〈意味〉を認めてしまうことになるだろう。 ―――ルネ・マグリット』 ところで、H・Mにとっては旧大江戸浅草花屋敷裏手界わい『久世諸肌流』若衆道の大 先輩であり、〈私〉とH・Mの共通の反-内密友人である癖麿 久世丸は、二年前慢性的経 営不振に陥っていた『玉屋』の大番頭を莫大乱雑帳簿完全未整理のまま予告(あるいは粘 着体感準-接触内密暗示)なしに辞めることによって、『玉屋』に事実上の破産=破滅を宣 告した。その後の経過は、ほぼシナリオ通りである。ここでも、彼お得意の旧大江戸浅草 花屋敷裏手界わい『久世諸肌流』若衆道スタイルの戦略と戦術は成功したわけである。彼 の次の標的は、もちろん全宇宙的規模で懲りずに暗躍を続ける網の目、つまり『ハラス商 会』である。こうしている間にも、罪もない人々の抹殺=清掃作業は究極正直公正楽々健 康スタイルで精力的に続けられている。思わずこみ上げてくる熱い思いの渦の中で、久世 丸は静かに叫ぶ。「錯綜する蜘蛛の巣に立ち向かい、けなげな戦いを続けている丁稚の鬼助 が、そして今や鬼助と運命をともにしたお正が、自由と解放を求めて俺を待っている。そ うなのだ。この袋小路を突破する最初の一歩、ほんのささやかな一歩さえ刻めれば……。 (そう叫ぶやいなや久世丸は『ハラス商会』路線逸脱誘発行為発射準備開始。)」 ……よく晴れた日の何でもない午後の旧大江戸上野初物広小路界隈。久世丸は『ハラス 商会』が放った超微細モニター・クラゲたちが今日もまた実に退屈そうに左団扇で粋な縮 緬浴衣姿の絶対受動レプリカント豚たちとお決まりの世間話に耽っている旧大江戸上野旦 さん初物広小路界隈のシネマおまけ付き一杯茶屋『旦さんまけな』の暖簾をくぐると、江 戸紫色の旧暦1999年型過剰快楽暖房洗浄便座に魅惑的にセットされた秘密の爪楊枝をうっ すらと赤く微笑んだ敏感まぶたにそっと当てて、馴染みの大旦那喜平治にさっそく作戦の 開始を知らせる。と、大旦那喜平治は久世諸肌を脱いで二つ返事、「おう。若旦さん。合点 よ!」で請け合い、超-溶融陥没した運命の神殿幼稚園のマサミチ・トレーニング・ルー ムから奇跡/軌跡の生還を果たした映像機械『お正』と涙と感動の対面発射準備完了。つ いに作戦開始ベイ・ゴー・ゴー。そうこうする内にも、超微細モニタ-・クラゲたちは、 旧大江戸初物広小路界隈名産の濁り酒『あんこ・あんこ』をぐいと飲み干しながら、粋な 縮緬浴衣の袖の下から旧大江戸浅草旦さん花町界隈特産のロー・ファット楽々健康スルメ イカ『お食べ』を景気よく取り出した絶対受動レプリカント豚たちとお決まりの退屈世間 話に耽っている。そろそろ久世丸の作戦通り酔いが回ったのか、永遠の退屈倦怠世間話に もなぜか超微細波動のゆらぎが介入して突然気合いがこもる。 ……あの『沈春』脇の安ホテル『薄明の黄昏の旧暦通称ロシア風終末処理場』のバス・ ルームにて。 「――ところでものは相談だが、実はお前んとこの鬼助のことよ。晩の初 物諸肌イカサマ囮博打の贋景品で、ここは豚籤内密楽々棒引きの事務所配当ニコニコ煙草 銭一発締めと行きたいんだが、お前お正を満期純正調教試験合格初熟れ物安心正直返礼質 形に鬼助を究極正直公正楽々健康跡地レプリカント親回路(旧暦通称〈親父〉)に売り飛ば してもカマワンだろな。これで親父も予定調教済み、俺たちも究極正直公正楽々健康配当 永続左団扇でこれにて一件花道落着本決まりよ。(満ち足りた爆笑の渦。)」 丁度この時だ った。あの安ホテルではなく、本物の『薄明の黄昏の旧暦通称ロシア風終末処理場』から やっとの思いで掘り出した久世丸の対放射能不完全防護新品「スペア頭」が華麗にきらめ くと、入魂のシネマ・テーク完全真相暴露=『ハラス商会』路線逸脱誘発行為発射準備完 了。 ―――――発射!! 『映画はコミュニケーションに役立つはずです。ところが私は、三メートルしか離れて いないところにいる人と、しかも一緒に映画を作っている人と、コミュニケーションを持 つことができなかったのです。そしてそれは、我々の間にパリ圏全体が介在していたから なのです(………)私は五、六人しかいなかったときの方が好きです。私はあの頃は少な くとも、その人達に「君は一体どういう風の吹きまわしでここに来ているんだい?」と聞 きたいと思っていました。今ではここには十二人ほどの人がいます。いったいどうすれば、 同時に十二人の人に話しかけることができるのでしょう? それができるのは独裁者だけ なのです。―――ジャン・リュック・ゴダール』(注記:「パリ圏」は、<我々>にとって は「《変換跡地界隈》圏」であろう。) 再び久世丸の静かな叫びが、すでに傾きかけた陽の光と溶け合う地下鉄の残骸に反響す る。 「最初の一歩は刻まれ、標的は定められた。すでにあらゆる場面で、そしてあらゆる角 度から、狙いがつけられている。それは、やがてとらわれの園児たちの前にその姿を現す 《最後の街》だ。無数の〈村〉の複合体として《引き出し=試練》を吐き出し続けるこの 街、言い換えれば、一切のミロの親回路たちの親回路が、園児たちの前にその姿を現すの が厳密にはいつになるのか、それはもちろんまだ明白にはなっていないし、またそのこと は園児たちの問うところでもない。だが、間違いなくその時が来るということは、例えば、 園児たちが日々実践するちょっとした遠足においてもはや余りのないほど明らかなのだ。 すなわち、この《最後の街》は、いつもとは違った、しかし実にささやかな生存の美〈楽〉 によって乗り超えられるのだ。」 久世丸は迫り来る治療重力粒子ビ-ム(『これでハラスもすっきり疲労回復とてもしそう にない』)のべっとり粘りつく攻撃を突破。(ちなみにこの攻撃は、一般に《結局偽装運命 納得づくの準-無際限網状相互扶助不均衡平衡状態》をいつもの帳簿会計上まだかろうじ て維持しているかに見えた『ハラス商会』関係者たちの平常心のほとんど全く予期しなか った《商会帳簿会計定款合意先決ネット》の説明不可能な《外部》=《出来事-連結》を 導入することによってあえなく消滅してしまう。) すると、『ハラス・パラダイス・ライ ン』をかろうじて突破し『ビ- オネスト』地区の自己代謝型内密自転車タ-ミナル付近 で血塗れになりながら路頭に迷っていた鬼助とお正に、かつて自らの建て前上の友愛の美 〈楽〉に従ってそれでも気付け薬『唯のオキソレヂン末』を一見優しく煎じて飲ませたの はいいが、結局どう見ても偽装運命納得づくの準-無際限網状相互扶助不均衡平衡状態に 従っているだけの『ハラス商会』関係者の一人ビ-・オネストが、『36 アクロスティッ クス・リ・アンド・ナット・リ・マルセル・デュシャン』等々の発射準備に忙しく、それ でも余儀なくB・Hとのはた目にもほとんど不毛に見えた付き合いにあくまで気持ちよく 付き合い、今思えばやっぱりと言いたくなるほど完璧なまでにその不毛さを大いなる創造 へと転換させたあのなつかしのジョン・ケ-ジと行ったいわゆる《対話》がなぜか聞こえ てくる。さて、ついに鬼助とお正を思わぬ落とし穴であった全宇宙的規模で広がるハラス のタコ部屋ビジネス・ホテル・チェ-ンの一つ『ビ-・オネスト旧暦2046』から奇跡 /軌跡的に救済することに成功した久世丸は、さっそく《対話》をフォロ-して今や完全 真相暴露=『ハラス商会』路線逸脱誘発行為第二弾『0分00秒』(『四分三三秒第二番』) を発射準備完了。 ―――――発射!! 『――しかし、「レユニオン」ではある程度の制御をなさいましたね。 ケ-ジ でも「三 十三と三分の一」では、もうしていません。この題名はレコ-ドの回転数のほかには何も 表していないのです。それを初演したとき、十二台のプレ-ヤ-と約二百五十枚のレコ- ドを置いておきました。聴衆が会場に入って来ても腰掛ける座席は見当たらず、会場の周 囲にはレコ-ドが山と積まれたテ-ブルが並び、スピ-カ-が到るところに置かれている だけでした。入場者一人一人は、音楽を聞きたければ自分で作り出さなければならないこ とをすぐに悟りました。私はずっと以前から、聴衆を参加させる方法と今日呼ばれている ものを探し続けていました。でも私はピアノを習ったことのない人にピアノを弾かせたく はありません。それに反して誰にでも任せることが出来るのはプレ-ヤ-です。――しか しそのような意図の不在は聴衆―すなわち行為者―を傷つけませんか。 ケ-ジ 今話し た演奏の時、確かに、かなり年配の紳士が一人いて、あまりにもたくさんの音楽が同時に 聞こえてくるので、見るからにうんざりしていました。それは「ミュ-ジサ-カス」のよ うに響いていましたからね。このような行動を目撃したのはその時限りでしたが、彼は会 場中を歩き回って、プレ-ヤ-を次々に止め、レコ-ドを取り外しにかかったのです。し かし二歩も遠ざからないうちに、誰かが再びレコ-ドをかけました。―――ジョン・ケ- ジ』 思わず大粒の涙を流しながら抱き合う鬼助とお正の傍らで、伝説の古代詩人が自宅中庭 書斎内部で密かに飼育していたと今に伝えられる種々雑多の過剰健康虫(『じっさいのとこ ろを言へば、わたくしは健康すぎるぐらゐなものです。―――萩原 朔太郎』)が、自らの 体をいたわりながら完全真相暴露=『ハラス商会』路線逸脱誘発行為第二弾『0分00秒』 (『四分三三秒第二番』)に敏感に反応している。 Copyright.(C),Nagasawa Mamoru(永澤 護),All Rights Reserved. |